近年、国内ではデジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)という用語が、IT関連企業などを中心に広まっています。
2004年にウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が提唱したとされているこの用語が、国内でこのように広まったのは、2018年9月に経済産業省が発表した『DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』という報告書に端を発していると言って良いでしょう。
デジタルトランスフォーメーションについては、総務省の平成30年版・令和元年版「情報通信白書」でも取り上げられています。
近年、ITを駆使して新たなビジネスモデルを展開し、従来型のビジネスモデル・市場を壊滅的にするような新興企業が続々と登場しています。このような現象をデジタルディスラプション(Digital Disruption)、これらの新興企業をデジタルディスラプタ(Digital Disruptors)と呼びます。ディスラプションとは崩壊・破壊という意味です。
デジタル、つまりITの活用によって、従来のビジネスを壊滅的にした新興企業の事例を見て、既存企業も変革しなければならないという意識から、国(総務省、経産省)、IT産業などが、デジタルトランスフォーメーションというバズワードを使って、クラウドやビッグデータなどの進化したITを利活用して、企業のビジネスモデルの変革を促す旗振り役になっているのです。
【デジタルディスラプタの例】
Amazon.com オンライン書店、電子商取引(EC)全般
Airbnb 宿泊のシェアリングサービス
Uber、Lyft、Grab 車移動のシェアリングサース
メルカリ オンラインフリ-マーケット
ZOZOTOWN ファッション通販
「2026年の崖」については別ページで取り上げることにして、ここではデジタルトランスフォーメーション(以下、DXと記述します)について解説します。
DXとは、もともとは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念のことをいいます。(エリック・ストルターマン教授の定義)
経済産業省の上記報告書では、IDC Japan社が提唱する、第3の(IT)プラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス(解析)、ソーシャル技術)を背景として、「企業が、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデル、新しい関係を通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」という定義を紹介しています。
IDC Japan社は、DXに投資することは2017年以降5年間のIT市場における成長の大部分を占め、ITサプライヤーの優先事項になると予測しました。
経済産業省はさらに2018年12月に発行した「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)」において、「DXとは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。
つまり、DXは、IT産業にとっては第3のプラットフォーム上で顧客企業のビジネス革新を実現させるために投資を優先すべき事項であり、企業にとってはITを活用して業務等を改革・変革して競争上の優位を確立する戦略事項である、ということになります。
IDC Japanが語る「第3の(IT)プラットフォーム」について、もう少し詳しくみていきましょう。
IDC Japanでは、ITプラットフォームの変化を次のように示しています。
【第1のプラットフォーム】メインフレーム(1960年代半ば~)
・コンピュータを用いたスピーディで効率的な運営を実現
・大企業を中心に普及
・各企業専用の業務ソフトウェア
【第2のプラットフォーム】クライアント/サーバ(1980年代初頭~)
・ITがビジネスの基盤となり、ユーザ数が飛躍的に拡大
・専用の業務ソフトウェアに加えて、パッケージ化されたソフトウェアも活用
・コンピュータが小型化し、コンシューマ(個人)向けの製品も出現
【第3のプラットフォーム】クラウド、モビリティ、ビッグデータ/解析、ソーシャル(2000年代半ば~)
・IT製品の多くがコンシューマ向けに設計・開発・提供
・企業はその製品をそのまま、あるいは機能拡張して利用
・幼児、老人を除けば、ほぼ全員がユーザ
・様々な情報をもとに人々の生活やビジネスにイノベーションをもたらす
当然のことながら、第3のプラットフォームの要素を導入しただけでは、ビジネスの改革・変革を実現できるわけではありません。
IDC Japan社は、第3のプラットフォームのもとで、この変革を促進するものとして「イノベーションアクセラレータ」の存在を挙げています。具体的には、IoT、AI、ロボティクス(自律ロボット、自動運転車など)、3Dプリンティング、AR&VR、認識システム、次世代セキュリティーなどです。
「平成30年版 情報通信白書」では、現在はDXが進みつつあり、段階的に社会に浸透し、大きな影響を及ぼすとしています。
DXが進展することによって、特定の分野、組織内に閉じて部分的に最適化されていたシステムや制度等が社会全体にとって最適なものへと変貌する、つまり、総務省では、IT産業、企業のみならず、DXは産業構造や社会の変化をももたらすものと考えているのです。
具体的には、まず、「インフラ、制度、組織、生産方法など従来の社会・経済システムにAI、IoTなどが導入され、続いて、社会・経済システムがそれらを活用できるように変革され、さらには、その能力を最大限に引き出すことのできる新たな社会・経済システムが誕生することになる。その結果として、例えば、製造業が製品(モノ)から収集したデータを活用した新たなサービスを展開したり、自動化技術を活用した異業種との連携や異業種へ進出したり、シェアリングサービスが普及して、モノを所有する社会から必要な時だけ利用する社会へ移行し、産業構造そのものが大きく変化していくだろう」と予想しています。
上記の説明では、DXは第4次産業革命とほとんど同じ意味のように思えます。
「令和元年版 情報通信白書」ではもう少し突っ込んだ説明がされています。
かいつまんで言えば、『ITの発展・普及により、「デジタル経済」と呼ばれる新しい経済と生まれ、その進化の先には「Society 5.0」と呼ばれる新しい社会が待っている。デジタル経済では、データが価値を生み、時間・場所・規模の制約を超えた活動が為され、業種の垣根を越えた連携・競合が進むなど企業や個人などの様々な主体間の関係の再構築が余儀なくされ、ひいては、あらゆる産業がITと一体化していく。これをDXと呼ぶ。DXでは、既に確立された産業の効率化や価値の向上を実現する従来型のITとは異なり、産業のビジネスモデル自体をも変革していく。』と指摘しているのです。
この説明によれば、DXは第4次産業革命と呼ばれる時代の、ITの進化・発展がもたらす産業界が直面するビジネス変革のことを指していると言えるでしょう。
経済産業省の「DX推進ガイドライン」では、「(1)DX推進のための経営のあり方、仕組み」と「(2)DXを実現する上で基盤となる IT システムの構築」に分けて言及しています。ここでは、(1)の「経営のあり方、仕組み」についてのチェックポイントを確認しておくことにしましょう。
《経営戦略・ビジョンの提示》
想定されるディスラプション(Disruption:破壊的イノベーション)を念頭に、データとデジタル技術の活用によって、どの事業分野でどのような新たな価値(新ビジネス創出、即時性、コスト削減等)を生み出すことを目指すか、そのために、どのようなビジネスモデルを構築すべきかについての経営戦略やビジョンが提示できているか。
《経営トップのコミットメント》
DXを推進するに当たっては、ビジネスや仕事の仕方、組織・人事の仕組み、企業文化・風土そのものの変革が不可欠となる中、経営トップ自らがこれらの変革に強いコミットメントを持って取り組んでいるか。
仮に、必要な変革に対する社内での抵抗が大きい場合には、トップがリーダーシップを発揮し、意思決定することができているか。
《DX推進のための体制整備》
経営戦略やビジョンの実現と紐づけられた形で、経営層が各事業部門に対して、データやデジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを構築する取組について、新しい挑戦を促し、かつ挑戦を継続できる環境を整えているか。
①マインドセット: 各事業部門において新たな挑戦を積極的に行っていくマインド セットが
醸成されるような仕組みができているか。
②推進・サポート体制: 経営戦略やビジョンの実現を念頭に、それを具現化する各事業部門に
おけるデータやデジタル技術の活用の取組を推進・サポートするDX推進部門の設置等、
必要な体制が整えられているか。
③人材: DXの実行のために必要な人材の育成・確保(社外からの人材の獲得や社外との連携も
含む)に向けた取組が行われているか。
《投資等の意思決定のあり方》
DX推進のための投資等の意思決定において、
①コストのみでなくビジネスに与えるプラスのインパクトを勘案して判断しているか。
②他方、定量的なリターンやその確度を求めすぎて挑戦を阻害していないか。
③投資をせず、DXが実現できないことにより、デジタル化するマーケットから排除される
リスクを勘案しているか。
《DXにより実現すべきもの: スピーディな変化への対応力》
ビジネスモデルの変革が、経営方針転換やグローバル展開等へのスピーディな対応を可能とするものになっているか。