カーナビやスマートフォンなどの地図アプリで、画面上の地図を見ながら移動するときに、車のマークや青い○印などで現在位置を知らせてくれる機能がGPS(Global Positioning System)機能と呼ばれていることは、ご存じのことと思います。
GPSは、もともとは米国において軍事目的で開発されたシステムですが、1983年の大韓航空機墜落事件(領空侵犯でソ連軍に撃墜されたと言われています)をきっかけにして、民間の航空機や船舶などの航行に用いられるようになり、1990年代初頭のGPS機能搭載カーナビ登場以降は、携帯電話やノートPCなどに搭載されるなど、パーソナルユースとして用途が拡大しました。さらに、スマートフォンの普及などで、GPS機能を用いた位置情報サービス(LBS:Local-Based Service)が相次いで登場し、SNSの進化に合わせて利用の幅が広がってきています。
【便利知識】
後述のように、衛星を利用して位置を特定するシステム(これを衛星航法システムあるいは衛星測位システムといいます)にはGPS以外にも種々存在しますが、世界中で最も普及しているGPSが衛星航法システムの代名詞的に称されることが少なくありません。
GPSは、地球上の位置を測定するためにアメリカが打ち上げている人工衛星(GPS衛星といいます)を使って現在位置を特定するシステムです。
GPS衛星の数は2019年5月現在32機(内、予備機が7機)で、上空20,200kmの軌道を周回し、現在位置と現在時刻(および他の衛星の軌道情報など)を発信し続けています。GPS衛星は、地球上のどこにいても上空に4機以上が存在するように配置されています。GPS衛星は静止衛星ではなく、一周約12時間で周回する中高度軌道の衛星です。
GPSが発信する電波は、軍事目的用の信号と民間利用目的(民生)用の信号が共存していて、カーナビやスマートフォンでは民間用の信号のみ受信が認められています。
カーナビに付属する、あるいはスマートフォンなどに内蔵されているGPS衛星受信機がGPS衛星の電波信号をとらえ、信号が届くまでにかかった時間(発信時刻と受信時刻の差)と電波の速度(光速:毎秒約30万km)を掛け算して、特定の衛星と受信機の間の距離を計算します。3つ以上の衛星から受信した情報で計算をすると、位置が特定できます。各衛星から測定された距離の交点が現在地となります。
計算結果には誤差が生じるため、実用に耐えられるレベルでの正確な位置を知るためには4つの衛星からの情報が必要で、さらに連続で安定した高精度測位のためには8機以上の衛星が見えることが望ましいとされています。
GPSによる位置測定には以下のように様々な要因で誤差が起きます。現時点でのGPSによる位置情報は5~10mの誤差もやむを得ないというレベルの精度となっています。
【誤差の主な原因】
誤差を補正する手法には種々ありますが、主なものは以下の通りです。
DGPS:Differential GPS(相対測位方式)
位置座標が正確に判明している地点(基準局)で、GPSを受信して得られた位置座標と正確な位置座標を差し引き計算することで得られた誤差を補正値として使用することで、GPSの精度を高めることができます。これをDGPS(Differential GPS(相対測位方式))といい、かつては通信手段としてFM放送を利用したものがカーナビに使用されていました。
DGPSは地図ソフト(ゼンリン社の「J-TRIP」、アルプス社の「プロアトラス」など)に採用されています。
DGPSでは、静止衛星などを介した通信手段で基準局から各GPS受信機に補正値が届けられ、現在位置の補正がされます。見通しの良い場所など、条件が良ければ1m程度の誤差まで精度を高めることができますが、谷間など、条件の良くないところでは、この補正はあまり役立ちません。
静止衛星を介した手法をSBAS(Satellite-Based Augmentation System)信号といいます。日本においては、現在、SBAS信号は国土交通省の運輸多目的衛星(MTSAT)から配信されていますが、2020年頃からは、みちびきの静止軌道衛星から配信される予定になっています。
搬送波位相測位
1m以下の精度を求める場合は、信号コード(光の速度)到達時間での計測は限界です。そこでGPSが発信している搬送波(電波)そのものを測定する技術が実用化されています。搬送波(電波)の位相(ズレ)を観測することで距離計測するため、干渉測位(または搬送波位相測位)と呼ばれています。
mm単位の精度の測量で使われる「スタティック測位」方式(数週間の測量が必要)と、cm単位の誤差で計測可能な「キネマティック測位」方式(初期測定に数分~15分程度の測量が必要。その後は移動しても誤差の程度が保たれる)があり、後者にはまた複数の方式がありますが、いずれも同時に4個以上GPS衛星が受信出来る場所でないと初期測定ができません。
搬送波位相測位方式は、地殻変動の監視、土地建物道路・土木などの測量、地図作成、山岳標高の計測など、高精度(mm~cm単位)な計測に利用する方法で、20年以上の実績がありますが、残念ながら現時点ではカーナビやスマートフォンなどでは利用できません。
自律航法
ジャイロセンサ・加速度センサ・車速センサなどから得られる情報だけで自位置を推定する測位手段のことを自律航法といいます。カーナビなどで、GPS信号を受信できない状態(トンネル内に入ったとき)などで使用されますが、精度は低いため、複雑な移動や時間経過によって位置の信頼性が落ちてしまいます。
ネットワーク通信を利用した補正
スマートフォンなどのモバイル機器に搭載されたGPS機能では、モバイル通信網の基地局や無線LAN(Wi-Fi)アクセスポイントの位置情報を補助情報として用いています。スマートフォンのGPS機能が街中で比較的精度が良いのは、この方法による補正によるところが大きいともいえます。
マップマッチング
GPSやジャイロセンサ・加速度センサなどから得られた情報を元に算出した位置情報には多少の誤差が含まれており、実際の位置とはずれていることがあります。地図データを用いて、このずれを最適と思われる場所に補正することをマップマッチングといいます。
カーナビで、自車が道路上に表示されているのは、このマップマッチングの手法が使われているからです。
車が常に道路上にあるという前提を置けばマップマッチングは比較的容易といえますが、実際には空き地や駐車場内を走行することもありますし、歩行者がスマートフォンでナビゲーションを使う場合もありますので、マップマッチングは簡単ではありません。
現在のカーナビでは、多くの機種で高精度のマップマッチングが行われていますが、これは各メーカの技術とノウハウが結集されたものといえるでしょう。
GPSは、もともと米軍の軍用システムで米国政府の支配下にあります。民間利用に向けて提供されるGPS機能の精度や可用性、米国以外の国での利用に対して、種々の制限を受ける事があり得ます。そのため主要国では、独自の衛星航法システムを保有・運用することで、米国のシステムへの依存から脱却しようとする動きがあります。
具体的には現在以下のものがあり、全地球規模のものを総称して、GNSS(Global Navigation Satellite System)と呼びます。
日本やインドは、GNSSと組み合わせて使用することを前提とした、地域限定の衛星航法システムを開発・運営しています。
それぞれのGNSSは、利用可能な衛星と利用する電波の信号数・周波数が定められていて、一般にはその仕様にあった専用の受信機が必要です。ただ複数のGNSSを統合的に利用することで、精度や信頼性・安全性が向上し、様々な分野での利用範囲が拡大することが期待されており、最近は、GPS(米国)とGLONASS(ロシア)、GPSとGLONASSとGalileo(EU)など、複数のGNSSに対応するマルチGNSS対応の受信機が出現しています。
システム名称 | 運営国 | 衛星数(2019年5月現在) | 精度 | 備考 |
GPS | 米国 | 32機 | 5~10m |
内7機が予備機扱い 全てMEO(中高度軌道衛星) |
GLONASS | ロシア |
26機 (内、検査中1機、予備1機) |
10~25m | 全てMEO(中高度軌道衛星) |
Galileo | EU |
24機 (内、検査中2機) (2020年までに30機予定) |
15~20m |
民生利用のみ 他に運用中断2機 全てMEO(中高度軌道衛星) |
北斗(BeiDou) | 中国 | 39機(内、検査中6機) | 10~15m |
他に運用中断3機 6機が静止衛星 9機がIGSO(傾斜対地同期軌道衛星) 他はMEO(中高度軌道衛星) |
みちびき(QZSS) | 日本 |
4機 (2023年度目途に7機予定) |
5~10m |
QZSS:準天頂衛星システム みちびき3号は静止衛星 他はQZO(準天頂軌道衛星) |
NAVIC(IRNSS) | インド | 8機 | ~20m |
3機は静止衛星 他はIGSO(傾斜対地同期軌道衛星) |
日本では2010年に準天頂衛星システム「みちびき」を打ち上げました。準天頂衛星とは、特定の一地域の上空に長時間とどまる人工衛星のことで、「みちびき」は公転周期が地球の自転周期(23時間56分)と等しくなる非対称の8の字型軌道を周回しています。
(右図参照。出典:GPSの仕組み
http://www.ne.jp/asahi/nature/kuro/HGPS/principle_gps.htm)
2017年6月から10月にかけて3機(うち1機は静止衛星)が打ち上げられ、4つの衛星を使った正式サービスが2018年11月に開始されました。
準天頂衛星が上空で滞空できるのは公転周期のうちの一部の期間にすぎません。準天頂衛星の「みちびき」が3機打ち上げられたのは、日本の上空に常に1機が現れるようにするためです。
日本政府では、2023年度を目途に、さらに3機の「みちびき」を打ち上げ、日本の上空で常に4機以上の「みちびき」を捕捉できるようにして、最悪GPSが使えない時でも日本国内での位置測定機能を利用できることを目指しています。
なお、「みちびき」は日本国内の位置情報の精度を上げるため、主に日本上空を飛びますが、アジア、オセアニア地域でも利用できます。
現在GPSの測位誤差は5~10m程度と言われていますが、「みちびき」では高精度の補正情報を伝送することで誤差を低減する仕組みが用意されています。既に、日本全国向けに民間サービスによる1cm級の精度の補正情報の提供がされており、誤差を数10cm程度に留めることを実現しています。
ナビゲーションや測量以外にも、GPSによる現在位置の情報が便利に使用される例が増えています。
位置情報サービス(Local-Based Service(LBS) or Local Information Service)
位置情報サービスとは、GPSやWi-Fi通信などにより利用者が今いる位置を取得し、それに応じた情報を提供する情報サービスのことで、様々な分野のサービスが提供されています。
馴染み深いのは、周辺情報を検索する(スポット情報の提供)というもので、「近くのレストラン」「近くの駐車場」「近くの銀行ATM」の検索などを利用されている方も多いことと思います。
位置情報サービスを活用した広告の事例も少なくありません。
インスタグラムなどのSNSで投稿した記事や写真に現在位置の情報を記録したり、ポケモンGOなどの位置ゲーと呼ばれる範疇のゲームなども位置情報サービスの一種です。
位置情報とその時間を記録して、旅の行程や歩いた/走った足跡・距離などを提示するサービス(GPSロガーといいます)では、スマートフォンのアプリだけでなく、登山者やライダー向けの専用機もあります。
リアルタイム追跡サービス
人や物の現在地を知る機能です。
電車通学する子どもや高齢者の見守り、探しもの、人の捜索などで利用されています。
バスの運行位置をリアルタイムで捕捉してバス停に表示するバス運行情報サービスやタクシー配車サービスは、利用者の便宜を向上させているといえましょう。
トラックなどの運行状況をリアルタイムに把握・管理して、業務効率や安全性の向上を図る会社などもあります。
リアルタイムの追跡が可能なのは、GPSによる位置情報が、何らかの通信手段で瞬時にサービス提供者側のサーバに送られているからです。
一般的には、スマートフォンなどで「位置情報サービスを利用する」に設定することで、この機能が有効になります。リアルタイム追跡サービスでは、GPS発信機と称する専用機が使われることがあります。
位置情報サービスやリアルタイム追跡サービスはたいへん便利なサービスですが、知らないうちに自分の居場所を第三者に送っているという状況にもなりかねません。必要のない時はGPSをOFFにするなどの習慣をつけましょう。
また、法人携帯電話/スマートフォンなどを介して、「無断」で社員の位置情報を監視することはプライバシーの侵害となるおそれがあります。法人での利用にあたっては、社員の理解を得て始めることが大前提です。